邂逅1 出会いと別れ

369 行 2026/05/30 08:28
 火消し部隊。この存在してはならない部署は、現在は真辺が率いているが、実際に立ち上げたのは別の人間なのだ。  倉橋という人間が、部署を立ち上げた。  元々は火消し専門の部署ではなかった。エキスパートが集まる遊撃隊だったのだ。当時のIT業界は、専門色が強くなっていた。汎用機を扱う部署。組み込みプログラムを扱う部署。ネットワークも、今のように標準化されたネットワークが存在していたわけではない。いろいろな会社が独自のネットワーク・プロトコルごとに部署が存在していた。  人は多くても仕事がある。  そのために、肥大化するシステムに人が大量に投入されていく状態だった。  倉橋は、会社に掛け合って新しい部署を作った。  それが、各部署の|エキスパート《問題児》を集めた|遊撃隊《愚連隊》だ。この時期になっていると、いろんな技術を組み合わせた業務が出てくる。汎用機しかやって来なかった部署に、パソコンとの接続依頼が来る事もあった。  そうなった場合に、パソコンの部署を呼んで会議をしても、そもそも違う世界で生きてきた者たちだ、話ができるわけも無い。汎用機の世界は、数秒単位で課金されるのが当然だ。プログラムの領域も限られている。コンパイルを依頼して、珈琲飲みに行ってトイレに行って戻ってきて終わっていればラッキーくらいで考える必要がある。パソコンは即時とは言わないが、数秒あればコンパイルが終わる。  仕事のやり方も大きく違う。言語の特性もあるのだが、レビューを重視する汎用機の部署と、プロトタイプを重視する部署。  喧嘩別れにならないのは、同じ会社に属しているという一点だけだ。  倉橋は、部署間の軋轢が産まれないように自分たちが間にはいる。  両方の事情が解っている人間を集めた部署を作ろうとしていたのだ。  部署が立ち上がって、倉橋が欲したのは、色がついていない人間だ。  この時に、営業の篠原から紹介されたのが、真辺という26歳になったばかりの変わった男だ。 ---  この時、真辺25歳。専門学校を出て入った会社で、篠原と出会った。  その当時、篠原は営業ではなく、冷蔵庫やエアコンの”冷やす”仕組みを作るエンジニアをしていた。それが、営業に転身するのは別の話になるが、その会社で真辺と出会った。大きな会社の中に属していた2人が出会ったのは偶然だった。  出会った場所は、会社の敷地内でも、客先でも、現場でもない。 「え?篠原さんも、中原なのですか?」 「真辺さんも?どちらですか?」 「私は、17階です」 「あぁ私はそっちのビルじゃ無い方ですね」 「交換器ですか?」 「いえ、もう一つの方です」  2人の話は大企業ではよくある話だ。  同じ部署の人間でも全員を認識している人がどれほど居るのか?ワンフロアだけでも100名を超す社員が働いている、関連会社からの出向を入れたら人数は倍以上になる。  よくある話なのだが、この場所が警察の取調室でなければだけど・・・。  2人が犯罪行為で連行されて来たのなら不謹慎だが、いや違う、今の状況でもかなり不謹慎なのだ。  真辺は目撃者兼第一発見者。篠原は部署の代表としてきている。  篠原の部署の人間が、自殺未遂を行ったのだ、それを発見して通報したのが真辺なのだ。同じ会社だという事で、警察は当初2人を見て不審に思ったようだが、顔見知りでもなんでもない事や部署が違う事で関係ないと判断した。  自殺未遂を起こした人間は、足の骨を折っただけで済んだ。  それから、篠原と真辺の交流が始まる。  真辺は汎用機のファームウェアの開発を行っているが、趣味で作ったプログラムがあり、それが篠原たちの部署で使われていたのだ。それを知った篠原は要望をいろいろと出してきた。  真辺は暇があれば改良するという約束をして要望を聞いた。  そんな交流が1年くらい続いた。  ある不祥事で、篠原の部署が解体される事になった。嫌気が差した篠原は会社を辞めて、独立系のIT会社の営業になった。  それから半年後、真辺も会社の上層部と衝突したことを聞いた篠原が会社に誘ったのだ。 --- 「俺が欲しかった人材だぞ。でもな、奴は生い立ちとか詳しく話さないからな少し気になっていな」 「生い立ち?」 「あぁ地元の話はするけど、子供の時とかの話を一切しないからな」 「へぇ」 「へぇ・・・。って、お前、気にならないのか?」 「そうですね。そう聞かれれば、『気になります』といいますが、ナベが話さないのなら『気にしません』といいますよ」 「まぁそうだな」  2人の間に微妙な認識の違いがある。  篠原は、真辺の過去を知っている。中学校の時に発生した事が原因で、同級生が殺された事。その犯人が、真辺の友達だった事。捕まえたのも友達だった事。それは、篠原が真辺から聞いた話ではない。大会社では|親切な人《余計なおせっかい》が沢山居る。足の引っ張りあいをしていた人間の1人が嬉々として篠原に教えてくれたのだ。真辺は、出世コースとは違う道を歩んでいたのだが、目立つ人間だった。それはそうだろう。社内で使うツールの開発をほぼ独自で行った。それも違う部署で使う為のツールだ。それだけではなく、特許もいくつか出願している。エリートコースの人間から見たら目の上のたんこぶになりかねない。そういう人間は、実績や業務の成果で凌駕しようとしない。もっとも簡単で最も愚かな方法を取る。真辺の事を調べて真辺の過去を暴露したのだ。大企業は、警察に厄介になるだけで大きなマイナスになる。友達だからといえ殺人者が近くに居たのだから大きなマイナスになる。  真辺は、同期の大学でのエリートがその話を喜々として話している目の前に座って、話を続けさせた。怒るでもなく、否定するのでもなく、淡々と話を聞いていた。エリートが話をやめようとすると、エリートの耳元で何かを喋ってからまた目の前に座って、話を続けさせた。その異様な雰囲気に周りはドン引きしていたが、真辺は気にする様子はない。  エリートが知っている事を話終わったら、概ね合っているが一つだけ訂正しておくと言ってエリートに向かって 「俺は、今でも奴を友達だと思っている。奴がやった事は間違っている。それを止められなかった、俺も桜もカズと克己もヤスも同罪だ。そうだもう一つエリートさんに教えておく、人って簡単に死ぬぞ」  この事を、篠原は知っている。知っているが、誰にも話さない。それほど、真辺という人間を気に入っているのだ。 「篠原はなにか知っているのか?」 「いえ、変わり者って事だけですね」 「ハハハ。確かに変わり者だな。あいつ、|SE《システムエンジニア》の名刺を拒否して、プログラマの名刺にしてくれって言ってきたからな」 「えぇ聞いています。俺も奴に言ったのですが、ダメでした」 「そうか、それならしょうがないな」 「倉橋さんならそう言ってくれると思いましたよ」 「篠原。次の現場は、奴に任せようかと思うがどうだ?」 「え?本気です。か?」  篠原が驚くのも無理はない。  真辺が会社に来てから、まだ2ヶ月とちょっとだ。研修期間だと言っても過言ではない。  それに、年齢的な事もある。真辺はまだ26歳になったばかりで、社会人として4年目だ。リーダーを任せるという事は部下が付く事になる。倉橋の部署が比較的若い人間で構成されていると言っても、真辺よりも皆が年上だ。  倉橋には倉橋の考えがあった。他の部署から引き抜いてきた者たちは、良くも悪くも会社に依存してしまっている。部署間のパワーバランスを考えてしまうのだ。そして、出身の部署や関連している部署よりの考えになってしまう。  しかし、真辺は外様だ。外からやってきて、純粋だ。  出世にも興味がない。システムを作るのが好きで単純に技術が好きなだけなのだ。そして、倉橋が真辺を高く評価しているのは、真辺が『自分は欠陥品』だと思っている所だ。  10年近くこの業界で仕事をしている倉橋でも、真辺は優秀な人間だと思える。どこで仕事しても大丈夫なくらいの知識を持っている。真辺の考えは違っている。 「真辺。お前は、『欠陥品』と言っているけどどういう事だ?」 「倉橋さん。俺は、欠陥品ですよ」 「だから?説明になっていないぞ」 「まず、人の心がわからない」 「え?」 「システムや機械と会話していたほうが楽です。|アイツら《システム》は嘘をつかないですからね」 「あっあぁ」  真辺はそこで黙ってしまう。  そして、真辺が倉橋に語ったのは、自分が一番になれない事がわかっていて、興味で動くので、社会人としては欠陥品であると思っている事だ。  結局、倉橋は現場の一つを真辺に任せる事にした。同時に発生したデスマ案件の一つを真辺に担当させたのだ。  真辺は、篠原の助言を受けながら、鎮火に成功した。  これで、誰もが求める、倉橋の右腕となった。 --- 「ナベ。お前が、俺の下に来てから何年だ?」 「今年で、7年です」 「そうか・・・。そろそろ、固定の部下を持つか?」 「必要ないですよ。この部署は大きくしてはダメですよね」 「そうだな。20名程度がいいだろうな」 「そうですよね。倉橋組の人手が足りないとかいい出したら、俺は辞めますからね。暇なくらいが丁度いいのでしょう?」 「あぁそれで?」 「お断りします。自分のチームを作るのなら、倉橋さんが居なくなってからですよ」 「ハハハ。覚えておく、早く俺を楽にさせてくれ」 「無理ですね」  倉橋38歳。  真辺33歳。  夏の頃の話だ。翌年の4月に真辺はこんな軽口を叩いた自分が許せない気持ちでいっぱいになる。 --- 「倉橋さん。確か|0x27《39》歳ですよね?」 「よく覚えていたな」 「確か、去年もその前の年も同じような会話をした記憶がありますからね」 「そうだな。誕生日は決まって現場だな」 「倉橋さんは幸せですね」 「そうだな。ナベ。お前ももうすぐ解る」 「そうならないように気をつけますよ」 「無駄だな」  そう言って、2人と部下たちは笑い合っている。  笑い合っては居るが、今の時間は深夜1時だ。終電が無くなっても煌々と光が灯っているビルの中だ。  会議室の一つを借りて臨時の作業部屋にさせてもらっている場所だ。  巨大システムの鎮火作業に駆り出されたのだ。  大手SIerが、来春がオープン予定の病院のシステムを受注して開発を行っていた。病院丸々一つのシステムだ。小さな問題から、火が吹き出す事はよくある。SIer もそれはわかっているのだろう。予備予算は確保していた。しかし、中間会社が愚か者だった。自分たちの利益確保を優先させて、末端の企業への支払いを絞ったのだ。  何が発生するか、この業界に関わった事にある人間なら解るだろうが、仕事をしながら会社が飛んだのだ。  とんだ会社が悪かった。ハードウェアとソフトウェアとつなぐモジュール開発をしていたのだ。  この時点で、中間会社はSIerに説明して頭を下げればよかったのだ。しかし、そうする事は、確保している予算だけではなく、何らかのペナルティをかせられる可能性がある。それを嫌った、中間会社はその会社が行っていた業務を自分の社員で行うという愚策に出たのだ。自分の所でできないから外部に委託していたのに、納期が迫った時期に急に専門用語が飛び交う現場に入られる人間はそう多くはない。案の定、火が具現化する。他にも燻っていた火が大火となるまでに時間はかからなかった。  特に、病院の様なシステムでは、人を投入すれば火が消えるような場所ではない。『|お上《厚労省》』から出される難解な点数表を読み解く力や、意味がわからない用語や常識を知らなければならない。  それがわかっていない『優秀なシステムエンジニア』たちが大量に投入され始める。  中間会社が集めてくる人材は優秀な人たちだが、一点だけ『業務知識』が足りなかったのだ。業務知識がないまま、バラバラの対応方法で、目先の鎮火作業を行う。鎮火はする。担当している部署の鎮火はできる。このできてしまうのが、また大きな火になって降り掛かってくる。  大火になってから、SIerが対応に乗り出すが・・・時すでに遅く、火はシステム全体を覆うようになってしまっていた。  篠原経由で、倉橋の所に仕事の依頼が来たのは、SIerが対応に乗り出したときだ。  以前の火消し業務で一緒になった、SIerの1人から、倉橋にまとめ役の|1《・》|人《・》になってほしいという依頼だ。 「ナベはどう思う?」 「辞めておきましょう。どう見ても、スケープゴートです」 「だよな」 「篠原の旦那はなんて言っていますか?」 「俺に任せると言っているが、どうやら上の意向が働いているらしい」 「そうですか・・・。被害が小さくなるようにしないとダメですね」 「あぁでも、全員で行けと言われたぞ?」 「え?予算・・・。あぁそういう事ですか?」 「あぁSIerが泣きついてきたが答えのようだ」 「相当ふっかけたのでしょう?」 「あぁ平均で120だ」 「それはふっかけましたね。篠原の旦那も頭数ですか?」 「いや、あの人は入っていない。そのかわり、片桐とかWeb周りをやっている奴ら居るだろう?アイツらが入る」 「え?Webも絡むのですか?」 「あぁ病院のサイトを作るからな。そっちの予算で上乗せしたようだ。魔法の言葉を使った」 「SEO対策ですか?」 「そうだ。ナベ。お前、本当にSEO対策が嫌いなのだな」 「えぇ嫌いですね。病院にSEOなんて必要ないでしょ?」 「俺もそう思うが、思わない連中が多いからな」 「まぁいいです。それでいつからですか?」  倉橋は、手帳をパラパラとめくっている。真辺は、倉橋がこういう仕草をするときには、スケジュール云々ではなく、何か別の懸案事項がある場合であることを知っている。 「俺とお前だけで、先に現場に行く」 「いいですよ?それで?」 「明日だ」 「わかりました。場所は?」 「お前な。もう少し抵抗したらどうだ?」 「文句を言って、泣き言を言っていれば状況が変わるのですか?だったら、いくらでもいいますよ」 「変わらないな」 「でしょ」 「・・・。場所は、この前行ったSIerだ」 「わかりました。俺と倉橋さんだけって事は、なにか交渉するのですか?」 「うーん。どうかな・・・ナベ。また喧嘩するか?」  客とシステム会社の信頼関係が崩れている時に、後から入る火消し部隊は、システム会社寄りになってしまう。しかし、本来なら困っているのは客なのだ。だから、客の味方をしないとダメだ。  倉橋と真辺がよく使う手だが、客とシステム会社の前で、2人が喧嘩し始めるのだ。  その時々でどっちがどっちの味方をするのかを決めるのだが、部下たちが心配するくらい本気の喧嘩をする。  そうして、1人は客側について、もうひとりはシステム会社側に付く事にしている。お互いの信頼関係は崩れないままなので、裏できっちりと情報交換をする。  部下の中でもこの事を知っているのはごく一部だ。  本気の喧嘩をして鎮火前になると、事情を知っている部下が、仲直りの宴会を行って、仲直りをする。  今回は、真辺が客サイドについて、客先に出向いて状況を確認する役目になる。  倉橋がシステム会社の話を聞いて、客側との打ち合わせを行う事になる。  SIerの上層部では落とし所がすでに決まっている。中間会社がスケープゴートにしてリスケをする。  その交渉を、倉橋が行う事になる。  無事リスケが成功した。  真辺と倉橋が出した苦肉の策に、SIerが飛びついた。  当初の計画では、病院施設の設備を使ってのテストは、運用をメインで行う部署だったのだが、再構成した人間たちが施設の設備を使って、実際に動かしながらテストをする事になった。  客には、作業が遅れていると公式には認めないで話を取り付けた。  伸ばした期間は、3ヶ月間。  これまでシステム構築に使った期間1年と6ヶ月に比べれば微々たる物だ。  しかし、ここでの3ヶ月はエメラルドで作られた砂時計で刻む時間よりも貴重で大切な時間なのだ。  SIer が一枚岩なら良かったのだが、割りを食った形になる部署が出てくる。  運用を担当する事になっていた部署だ。  それはそうだろう。  このままでは、一番美味しい運用の仕事を丸々後から来た会社にとられてしまうのだ。  運営を担当する予定だった部署は、政治力を働かせて、倉橋と真辺を一時的に現場から遠ざけて、全員を現場に押し込めたのだ。現場には火消し部隊として来ている、倉橋の部署の人間だけになる。  しばらくは、この状況で作業が進むと思った。運営を行う部署なので、倉橋も真辺も部下たちも、最低限の内情と業務が認識できていると思っていた。  蓋を開けてみれば、運営を行う担当者は内情を把握していなかった。  現場が混乱するのは当然の事だろう。上からの指示に一貫性がなくなるのだ。朝の会議で言った事が夕方の指示では変わっている。こんな状況で士気を維持できる方が不思議なくらいだ。  現場は圧迫される。  倉橋たちはサポートという立場を崩さない。踏み込んではダメな事がわかっているからだ。  経験が浅い開発者や営業が大量に投入される。それで更に現場は混乱する。しかし、運営を勝ち取った担当者たちは得た物を失いたくない、そのために客にはオンスケと報告を行う事になる。  実際に現場では、実際の施設を使いながらの作業をおこなっている。『できている|物《システム》』を動かして確認しているのだ、客が遅れていると認識するのは難しいだろう。  しかし、ここで最大の火が噴出する。  これまで、作業内容や動きを決めていたのは、現場の人間ではなく、事務方や経営者なのだ。現場の人の意見が入っていると言っても、現場あがりの人の意見であって、実際に現場で使う人の意見ではない。  倉橋と真辺もこれはわかっていた。わかっていて、この手でしか、3ヶ月の期間を手に入れる事ができなかった。倉橋や真辺なら、客と話をしながら、現場サイドと折り合いを付けながらバージョンアップで対応するという手段が取れたのだが、倉橋と真辺が呼ばれたのは、更に燃え上がって、何をどうしたらいいのかわからない状況になってから泣きついてきたのだ。  残り2ヶ月。  どうにもならない状況になりつつあるのは誰もがわかっている。倉橋と真辺だけは諦めない。何かできる事があるかもしれないと、客先に張り付いて、客と話をして、コミュニケーションを取って、状況を好転するように動く。  しかし、それをまた運営を行う部署が邪魔をする。  倉橋と真辺が客に近づけば近づくほど、自分たちがないがしろにされていくと思ってしまうのだ。  倉橋たちは、仕事の最前線に居る。  客と膝を突き合わせて作業をして、客の担当者1人1人と話をして顔を見ている。毎日、挨拶をして毎日会話をして、毎日同じ場所でご飯を食べる。客も、そんな自分たちの為に仕事をしている人には優しくなれる。  たまに来て、進捗は問題ありませんと報告するだけの営業に優しくなれるはずがない。  面白くない営業は、倉橋たちに文句を言ってくる。理不尽な文句だ。 ・作業時間が短いが本当に作業をしているのか? ・笑い声が聞こえると、苦情が入っているが? ・勝手にシャワーや仮眠室を使わないように ・車やバイクでの通勤は認めていない  反論するのも馬鹿らしいので、倉橋と真辺は黙殺したのです。  それが営業には面白くなかった。自分から、作業が遅れていることを暴露して、全責任を倉橋と真辺に押し付けようとしたのだ。  これがとどめとなる。  慌てたのは、SIer の開発担当をしている部署だ。そうだろう。倉橋たちのおかげで客の上層部を抑えていたのに、建前として遅れていない事になっているのは、客の|上層部《経営者》以外はわかっていたのだ。それでも、倉橋たちが必死で作業をして遅れを取り戻していたのを知っている。  開発スタッフも、なんとかしますと声を揃えて言っている、昨今の状況では100点満点には程遠いが、運用には耐えられる状況まで出来上がってきていたのだ。  しかし、運営を担当する部署の営業が、現場を飛び越えて、客の|上層部《経営者》にその話をしてしまったのだ。  SIer を呼び出して、|上層部《経営者》は大激怒。  ここで、運営を担当する部署が全面降伏すればよかったのだ。システムの稼働が遅れて困るのは顧客なのだ。損害賠償の話にはなるだろうが、最終的にこまるのは現場だ。病院の開業まで待ったなしの状況なのだ。  システムも全く使い物にならない品質ではない。手作業が増えるが、運営ができる状態にはなっている。手作業の部分を、運営を担当する部署が肩代わりする事で、時間をもらう事は可能だったのだ。  倉橋は、提案を現場と上層部に投げて、好感触を貰っていた。  しかし、次の会議で運営を担当する部署の営業が提案したのは、禁じ手に近い・・・。いや、最高の愚策だった。  パッケージの導入を提案したのだ。  営業は、政治層でしか話ができない愚物だった。  倉橋たちも現場に出て最初にパッケージの導入を考えた。考えたが、却下した。いろんな会社に打診して答えを突き合わせた結果、連結に時間がかかるし、ハードウェア要件やネットワークを考慮しなければならないし、セキュリティポリシーの変更も必要になってくる。これらの作業を統括して行うよりは、現状システムを動かすほうが楽だと判断したのだ。  しかし、運営を担当する部署の営業は、『実績がある』という言葉を自分の部署から得ていると言って一歩も引かない。  倉橋と真辺も必死に抵抗したのですが、抵抗すればするほど、運営を自分の所から奪いたいと曲解していくだけだったのだ。 「ナベ」 「そうですね。現場で鎮火しましょう」 「そうだな。パッケージのつなぎに関しては、俺たちが手を出さないほうがいいだろうな」 「はい。パッケージの導入に舵を切ったのなら、俺たちの出番は終わりでしょう」 「どうなる?」 「そうですね。あの優秀な|営業《馬鹿》なら、赤字回収の為に、『システムを病院の名前を付けてパッケージにして売りましょう』くらいいいそうですね」 「あぁいいそうだな。迷走するな」 「するでしょうね」 「悪いな。ナベ」 「いえ、俺はかまわないのですが、若い奴らだけでも帰らせませんか?」 「そうだな。半数もいれば大丈夫か?」 「どうでしょう?常時居るのは、俺と倉橋さんとあと数名にして、チームとして交代させましょうか?」 「そうだな。どのくらいがいいと思う?」 「1週間単位で、5名ずつでどうですか?」 「名簿は?」 「作ってあります」 「悪いな」 「いえ・・・。でも・・・」 「そうだな。何人か・・・。半数は辞めるかな」 「はい。残念な事ですが・・・」  倉橋と真辺の予想通り、開発は迷走しだす。 ---  結果・・・。二ヶ月間に続いた作業の”中断”が告げられた。  システムは仕切り直しとなった。客が、倉橋と真辺の提案を全面的に採用する事を決定したからだ。  それだけではなく、全員に”帰宅命令”が出された。全員に、1~2日の強制的な休みが告げられた。  久方ぶりの休暇で、夕方の町並みを歩くのも久しぶりだが、メンバーの足取りは軽くはなかった。  倉橋が 「久しぶりに歩いたら疲れた。ちょっと休みたい」  近くに公園があるのをしっていた倉橋が、皆を公園に誘導する。  すぐに帰って寝たいという者も居た。倉橋と真辺が予想していた通り、残ってくれそうな部下と辞めそうな部下がここで分かれる。  公園に残った者は、倉橋と真辺の予想よりは多い18名が残った。  倉橋が、近くに居た部下に声をかける。 「悪いけど、人数分の何か飲み物と軽く食べられる物を買ってきてくれ」  若手が倉橋の財布を受け取って、近くのドラッグストアーとコンビニに向かった。  倉橋は近くのブランコに座った。身体も心も疲れ切っているのは間違いない状況なのだ。 「流石にちょっと疲れたな」 「そうですね」  そう答える、真辺も限界をとっくに越えている。  真辺は近くのコンビニでレジャーシートを買ってきた。部下たちが食べ物や飲み物を買ってくるのが解っていたので、座れる場所を用意したのだ。  倉橋の所には、1人の女子社員が飲み物を持っていく。  皆が知っている事だが、その女子社員は倉橋の事を好きなのだ。年齢は離れているが、お似合いだと誰しもが思っていた。 「倉橋さん。いつものコーヒーでいいですか?ホットとアイスありますけど?」 「おっ悪いな。アイスをくれ・・・あっ余分にあるなら、ホットも置いておいてくれ」 「わかりました。あっお財布」 「あぁ足りたか?」 「大丈夫でした」 「そうか・・・それならいい」  倉橋は、女子社員から財布とアイスコーヒーを受け取った。  ブランコを少し揺らしながら、アイスコーヒーを飲んでいる。 「倉橋さん」 「ん?あぁこれから・・・そうだな。俺たちは・・・ほら、見てみろよ」  倉橋の笑った顔を夕焼けが照らす。 「綺麗ですね」 「そうだな。空は、いつも同じだよ。俺たちが見ているのも・・・そうだよな。まだできる事はあるよな」  倉橋は誰に言っているわけではなく、自分に言い聞かせるようにつぶやいている。  自分でも何を言っていたのか理解しているとも思えない。 「・・・くら」 「少し疲れたな。1時間くらい寝る。まだ大丈夫だよな?」 「え?あっはい。わかりました」  倉橋が目を閉じたのを確認してから、女子社員は倉橋から離れて、同期が居るレジャーシートに向かった。  1時間くらいしてから、流石に寒くなってきて、真辺が倉橋を起こして帰るぞと声をかける。  真辺が倉橋の肩に触れた時に、異変に気がつく。 「おい!救急車!いや、病院まで誰か走って、医者呼んで来い。医者・・・たのむ、誰か医者を・・・救急車・・・」  倉橋が、見上げて綺麗だと認めた空に虚しく声が吸い込まれて行く、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。  真辺は、もっとも信頼して、尊敬していた、上司の最後を看取る役割を与えられたのだ。

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