雪上の愛情

242 行 2026/06/21 08:51
 私は、雪が嫌い。私から、母さんを奪った雪が嫌い。同じくらいに、父さんが嫌い。  本当は解っている。母さんを殺したのは、私だ・・・。雪ではない。  私が、初めて無断外泊をした日。母さんは、死んだ。  私が住む地方では珍しく、その日は雪が振っていた。当たり一面を白く染め上げるくらいの雪だ。私は、地面に降り積もる雪に、自分の足あとが残るのが嬉しくてテンションが上がっていた。友達に誘われて、遊びに行った。スマホも携帯もそれほど普及していない時だ。家には連絡をしなかった。小さな・・・。小さな・・・。そして、大きな反抗だ。私は、夜に帰ればいいと思っていた。しかし、降り積もった雪で交通機関は麻痺して、朝まで帰ることが出来なかった。  帰りは、迎えに来た友達のお父さんに車で近くまで送ってもらった。  汚れた雪が道路に轍を作っていた。  父さんに怒られるだろう。母さんに心配をかけただろう。  家の門扉が見えてきた。門扉の前は、汚れた雪が踏み固められている。門は簡単に押すことが出来た。門から、家の玄関までの5メートルが遠かった。  下を向いて、歩いた。所々雪が残っている。踏み固められた雪だ。 「美月!」 「・・・」  玄関を開けると、父さんが座っていた。  私の顔を見て、いきなり手を振り上げた。びっくりして、よろめいてしまった。尻もちを付いた私を父さんは上から見下ろしている。 「付いてこい」 「え?」 「付いてこい」  父さんは、慣れない雪道に悪戦苦闘している。どこに向かうのかも教えられないまま、1時間が経過した。  普段なら、10分程度で到着する病院が目的地だ。  何も喋らない父さんの態度が気に入らなかった。  父さんは、緊急搬送の窓口の近くに乱暴に車を停めた。邪魔にならないように、花壇に突っ込む様な停め方だ。 「降りろ」  普段から、ぶっきらぼうの父さんが怖かった。  怒っているわけではない。でも、父さんの態度が、言葉が、雰囲気が、そして考えたくない予想が、怖かった。  父さんは、窓口に居る看護師に名前を告げる。そして、車の鍵を渡している。 「行くぞ」  私の方を見ないで、父さんはどんどん先に行ってしまう。  私と父の距離が開いていくのがわかる。急ぎたいけど、行きたくない。父さんは、地下に降りた。 「ここだ」  また、父さんは私を見ない。私は、父さんの背中と汚れた靴が付けた足あとだけを見ている。 (あぁぁぁぁぁぁ・・・・)  母さん・・・。 「母さんは、駅まで行こうとして、大通りでスリップした車に跳ねられた」 「・・・」 「綺麗だろう。雪が振っていなければ、骨折だけで済んだかもしれない」 「・・・。母さん・・・」 「雪が、雪が悪い。雪が・・・」  父さん。なんで、こっちを見てくれないの?  私が悪いの?朝帰りなんかしたから・・・。駅までって母さんは・・・。なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?  気がついたら、私は、ベッドで横になっていた。 ---  母さんの死から、私たちは家族ではなくなった。ただの同居人になった。  母さんの三回忌。  私は、けじめとして父さんに1人の男性を紹介した。  父さんは、びっくりした顔をした。  その後で呟くような声で、彼に言葉を紡いだ。 「美月を頼む。本当に・・・。よかった」  彼は、父さんと私のために、ホテルのディナーを予約してくれた。その日は、ホテルに宿泊する予定になっていた。父さんには、照れくさかったのもあるが招待状を送った。  時間になっても父さんが現れなかった。そこまで父さんに嫌われているのかと落ち込んでしまった。 「美月。お父さん、雪で来られなかったのかしれない」 「それなら、連絡の一つでも入れてくれれば・・・。雪も、待ち合わせの時間には・・・」 「しょうがないよ。明日、ご実家に行こう。僕も、お父さんに文句を言うよ」 「ううん。私が嫌われているだけ・・・。貴方まで嫌われなくていい・・・」 「違うよ。美月。僕が、お父さんの真意を知りたいだけ・・・。だから、僕とお父さんで話をさせて欲しい。駄目かな?」 「・・・。わかった」  ホテルの窓から見える町並みは、雪化粧がされている。汚い心を隠してくれる。 「(雪は嫌い。私から、奪っていく・・・)」 「え?なに?」 「なんでも無い。シャンパンがもったいないから飲もう」  彼の腕に捕まりながら、綺麗に雪化粧された町並みを見ている。。  翌日、ホテルの前は綺麗に雪がどかされている。  子供が付けたのだろうか、雪の山には小さな足あとが付けられている。  彼が運転する車で、実家に向かった。  父さんに文句を言うためだ。  しかし・・・。家に、入ることが出来なかった。  彼の運転する車で、私は母さんと再会した病院に向かった。出迎えてくれたのは、若い警官だった。森下と名乗った警官は、事情を説明してくれた。  父さんは、5年前から脳に病気を抱えていた。  だから、3年前のあの日・・・。父さんではなく、母さんが駅まで行って事故にあった。  言ってくれなかった父さんに腹がたった。父さんの病気を教えてくれなかった母さんにも文句が言いたくなった。父さんは、病状が悪くなっていくのに病院には行っていなかった。いつお迎えが来てもいいと思っていたようだ。そして、私が結婚すると告げて、肩の荷が下りたのだろう・・・。母さんが眠る寺の住職が教えてくれた。  住職は、倒れた父さんを病院に搬送してくれた。父さんは、お寺から家に帰って着替えをして、ホテルに向かおうとしてくれた。でも、玄関を出て、数歩歩いた所で倒れた。倒れた所を訪ねてきた住職に発見された。  住職に父さんのことを教えられた。  父さんは、毎日、それこそ、雨の日も雪の日も母さんの墓参りをしていた。  墓は、父さんの一存で奥の人気がない場所に作られていた。母さんが眠る場所は、春になると桜が咲く綺麗な場所だ。墓が汚れるために、不人気だと住職が笑っていた。  昨日の昼過ぎから振り始めた雪は、今日の朝には止んでいる。父さんは、住職に挨拶をしてから母さんの墓に向った。雪の降り始めに父さんはお寺に来ていた。住職に嬉しそうに私の結婚が決まったと話していた。そして、これで、母さんの所に行けると喜んでいた。  重い足取りのまま、住職に教えられて、母さんの眠る場所に向った。 「美月!?」 「なに?」  彼が、地面を指差す。  そこには、片方を引きずったようになっている足あとが残されていた。雪の上に一つだけ残された足あと・・・。それが、母さんの墓まで続いていた。  母さんの墓石の雪は綺麗に落とされていた。  墓石の前には母さんが好きだった花と私が好きな花が並べて置かれていた。小さなひまわりの花。この季節の花ではない。  父さんが立っていたのだろう、一部だけ地面が露出している場所がある。父さんは、雪の中で何時間も母さんと話をしていたのかもしれない。 「美月。これを・・・」  彼が、線香を持ってきてくれた。  彼から、火が付いた線香を受け取って母さんに捧げる。燃え尽きた、父さんが置いた線香の上に・・・。  母さん。父さんは、迷わずに母さんの所に向った?  まだ3年だから、母さんの足あとは残っているよね? 「美月」 「あっうん。ありがとう」  彼が、住職と話をして葬儀を取りまとめてくれる。  父さんの仕事関係者が挨拶に来てくれた。  彼は、子供のときに両親を事故で亡くしている。彼は、父親と母親を知らない。彼にとっては初めての父親になるはずだった父さん。  葬儀が終わって、初七日が過ぎて、婚姻届を提出した。  彼は父さんに名前を書いて欲しかったと言っていた。彼の上司と住職が名前を書いてくれた。  そして、彼と私は家主が居なくなった私の生家に戻ってきて生活を始めた。  彼は、父さんの|足跡《そくせき》を辿るように、父さんが使っていた仕事部屋を使って、父さんと同じ仕事を行うようになった。彼の上司が父さんの知り合いだったことも影響していた。  母さんの十三回忌が終わった。  私たちは子供には恵まれなかった。 ---  明日は、父さんの十三回忌だ。代替わりした住職にお願いしている。  彼との間には子供には恵まれなかった。彼は気にしていたが、私はそれでもいいと思っていた。 『美月。大丈夫なのか?』  今日は、仕事の関係で外に出ていた。あの日のように、雪が振ってきた。13年ぶりの雪だ。朝に振っていた雨が昼過ぎに雪に変わった。 「うん。タクシーで帰るから大丈夫。あっスマホの充電を忘れちゃったから・・・。連絡が出来なかった。ごめん。先に寝ていて・・・」 『解った。でも、無理するなよ。遅くなるようなら、近くのホテルに泊まって、明日の朝にでも帰ってこい』 「うん。ありがとう。仕事に戻るね」  雪が周りを白く染めていく、客先から見える道路は白くなり、通行人の足あとだけが残されていく。  13年ぶりに積もった雪は交通機関を麻痺させるだけの威力があった。スマホの電池はすでに無くなっている。彼に連絡をしようにも出来ない状況になってしまった。タクシーを待つ長い行列。  終電を過ぎた時間になって、やっとタクシーに乗ることが出来た。車で20分程度の距離が今日は遠かった。  タクシーに乗った。タクシーの運転手にお願いしてスマホを少しだけ充電させてもらった。彼にメールで、タクシーに乗ったことを告げた。寝ている可能性もあるので、電話はしなかった。スマホの電源を落として、目を瞑った。 「お客さん。お客さん」  タクシーが止まっている。  どうなら、これ以上は奥には入っていけないようだ。途中で車が立ち往生しているようだ。反対側は渋滞がひどくて、回り道をしたら、数時間かかってしまいそうだと教えられた。5分も歩けば着けるだろう。タクシーに料金を支払って降りた。  雪はすでに止んでいる。  道には、家路に向かう足あとだけが残っている。立ち往生している車も諦めたのか、運転手はすでにいない。レッカーを頼んだが、忙しくて、まだ来てくれないようだ。説明と連絡先が書かれたメモが残されていた。  車を避けて、歩くと白い道は何も汚されていない。足あとさえも付いていない。後ろを振り向くと、私の足あとだけが残されている。  門扉が見えてきた。  雪は3センチ程度積もっている。道は、雪で白く化粧されている。朝出したゴミがまだ残されている。  家には明かりが灯っていない。  彼は寝てしまったのだろう。そう思って、門をゆっくりと音がしないようにゆっくりと押し開けた。  あっ・・・。  彼かな?家から、門扉までに足あとが、沢山・・・・。  彼の足あと。  雪を踏み固めた、ただの足あと、玄関から門扉までは、歩幅が広い足あと。門扉から玄関までは・・・。 「美月!」 「え・・・・。あっ・・・」 「おかえり、心配した。寒くない。大丈夫だったか?」 「うん。大丈夫。近くまでタクシーで・・・。あぁ・・・。そうか・・・・。(父さん)」  雪と泥で汚れた靴を見て思い出した。  母さんの所に向かう父さんの靴も同じように汚れていた。病院に、足あとが残るくらいに・・・。そして、玄関から門扉まで続いた踏み固められた足あと・・・。  玄関で座って待っていてくれた。雪が溶けて水たまりのようになっている足あと。彼と同じようにタオルを用意して、心配して待っていてくれた父さん。母さんの所にすぐに向かいたかったと思うのに・・・。私の帰りを・・・。心配して待っていてくれた・・・。  私は、父さんの愛情に気がついていなかった。  雪の上に残された|愛情《足あと》を・・・。 「ねぇ明日・・・」 「ん?」 「なんでもない。父さんに謝らないと・・・。そして、母さんと父さんに”ありがとう”を伝える」 「そうだね。美月。寒いから、家に入ろう。お湯は冷めてしまったかもしれないけど、お風呂を入れよう」 「うん。ありがとう。それから、父さんが好きだった、お酒・・・。あるよね?少しだけでいいから付き合ってよ。貴方に聞いて欲しい話がある」 「わかった。いつまでも付き合うよ」 「あのね。父親の愛情に気がつかなかった愚かな娘の話・・・」  父さん。今頃になって・・・。ごめんね。  でも、ありがとう。大好き。

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