右前脚と左前脚

〜 我が名は、”クロウ” 〜

174 行 2026/06/21 09:43
 我が名は、”クロウ”。漆黒に身を包む、由緒正しき野良猫である。いや、野良猫で在った。  我を、自らの屋敷に招いたのは、今、我の目の前で眠る、大学生とかいう人間の雌だ。  だらしないことに、我が居住すると定めた。”こたつ”なる至高の住処に足を入れて、寝ている。我の住処に、よだれを垂らすとは、言語道断だ。 ”右前脚に宿りし、青龍を顕現し我の命に従え”  ふふふ。我を、ただの野良猫と思っているようだが、我は、由緒正しき野良猫だ。右前脚と左前脚に、別々の龍を飼っている。  右前脚に宿るは、”青龍”。  青龍は、我の肉球を使い、攻撃を行う。肉球から、青龍の宿す力を、打ち込むのだ。  左前脚に宿るは、”紅龍”。  紅龍は、我の爪を使い、攻撃を行う。紅龍の宿す力を、爪に纏い。攻撃を行う。  二つの”龍種”を宿している者は、我を除いて居ないだろう。 ”青龍よ。我の意に従い。彼の者を攻撃せよ!”  青龍の力を両前脚に宿して、雌を攻撃する。  ふむ・・・。  青龍の力では、このだらしない雌を目覚めさせるには至らないようだ。  二つ目の力を顕現しなければならないのか?  封印されし、我が左前脚に宿る。”紅龍”。この力が解き放たれた後には、雌の背中には、紅龍の力を受けた紅い痕が残る。 「クロウ。おはよう。あっゴメン。ご飯・・・。だね」  どうやら、雌の背中に、紅龍の傷跡を作る必要がなくなったようだ。雌が立ち上がった。  雌が陣取っていた場所を、我が奪還する。雌が寝ていた場所は、心地よく暖かくなっている。雌の匂いが我を包み込む。 「クロウ」  雌が我の糧を用意した。この素晴らしい空間から動くのは、業腹だがしょうがない。我も糧を得なければ、青龍と紅龍が暴れだしてしまう。  雌は、どうやら出かけるようだ。顔を洗って、着替えを始めた。思い出したのか、我が利用する厠を綺麗にしている。よくできた、雌だ。  おぉ  今日の糧は、我の好物ではないか?水場の掃除も忘れていない。よし。よし。雌は、今日も出かける準備をしている。今日は大きな荷物を持っている。帰りは、遅くなるのだろう。 「クロウ。こっちは、夕ご飯だよ」  解っている。  最初は、一度に食べようとして、雌に止められてしまった。今は、大丈夫だ。雌は、我の為に糧を別に用意している。朝は、この柔らかい物がメインだが、もう一つは硬いが歯ごたえが面白い糧だ。水場も毎日しっかりと綺麗にしている。  雌は、大きな荷物を持ち上げる。  そうだ、出かけるのなら、我の加護を与えなければ・・・。  雌の背中にタップする。これで、雌に我の力で加護を与えた。 「もう。クロウ。あっ!遅刻しちゃう!クロウ。行ってくる!」  さっきまで涎を垂らして寝ていたのだ。慌てるのなら、もっと早く起きれば良いのに・・・。あの雌は、同じことを繰り返す。  やはり、我の加護を与えておいて正解だ。外では、何があるか解らない。  扉から外に出ていく、雌を見送って、我は寝床に戻る。  雌のぬくもりは無くなってしまっているが、雌が居た証は残されている。雌は、わざわざ窓際に我の寝床を用意しているが、解っていない。我は、雌が居た証を感じながら眠りに付くのが好きなのだ。  我の右前脚に宿る青龍。左前脚に宿る紅龍。両龍を使い。我は、雌を守ると決めた。 ---  今日も、こたつで寝ちゃった。  クロウに起こされなかった遅刻していたかもしれない。危なかった。今日は、忙しい。 「クロウ。行ってくる!」 ”にゃ!”  二足の草鞋を履いている。  学生とアイドル。アイドルは、地下アイドルに毛が生えたような物だ。でも・・・。  学生は、もうすぐ終わってしまう。就職は選ばなかった。アイドルで・・・。などと考えていない。バイト先からの提案もあって、保育士の資格を取る。アイドルの事も伝えてある。  パパとママが、飲酒運転をしていた車に殺された。それから、私は一人になってしまった。  警察に呼び出された時に、私はステージの上に居た。ステージを降りて、警察に駆けつけた。何をしたのかよく覚えていない。帰り道、ぐちゃぐちゃの心境で公園のブランコに座っていたのは覚えている。そこで、クロウと出会った。  最初は、暗闇で鳴いている姿が自分と重なった。でも、クロウは生きようと必死に鳴いていた。  クロウを拾って、家に連れて帰った。  一軒家だったけど、一人で居るのが嫌で、担当してくれた弁護士さんにお願いして売ってもらった。思い出は・・・。私の中に残っている。それから、同じ市内にマンションを買った。パパとママの生命保険などで、生活には困らない。でも、困らないだけど、何も生み出さない。そんな生活は嫌だ。  アイドルになる夢はあきらめられない。  ママが応援してくれた。パパは呆れながらも認めてくれた。少ないけど、私を応援してくれる人もいる。  今は、二足の草鞋だけど、保育士の資格を取って、アイドルとしても認められて、二つの武器を持つ”二刀流アイドル”を目指す。まだ、”二足の草鞋を履いたアイドルのような者”でしかないけど・・・。 「クロ!」  私は、グループの中で、黒色の衣装を着ることから、メンバーからは”クロ”と呼ばれている。他のメンバーもメインの色が決まっていて、色で呼び合う。 「どうした?珍しいね。イエローがこんなに早く来ているなんて?」 「もう。クロも、社長と同じ事を言わないで!それよりも、社長が呼んでいるよ?」 「え?私?」 「ううん。皆!なんだろうね?」  悪い話じゃなければいい。  元々、私たちは地下アイドルだった。別々に活動していた所を、社長に声を掛けられて、事務所に所属した。  学校が終わってから、事務所に来たのは、レッスンを受けるためだ。この事務所は、私たち以外には、ネット系の人たちとeスポーツの人たちと契約をしているけど、お金も苦しいはずなのに、私たちにはしっかりとレッスンを受けさせてくれる。社長がいうには、”道楽”だからと言っているが、よくわからない。  パパとママの事件を担当した刑事さんの知り合いらしい。後で知って驚いた。  社長室に入ると、皆が揃っている。 「黒崎さんも来ましたね」  社長だけは、苗字で呼んでくる。もちろん、本名ではない。アイドルとしての名前だ。  皆の視線が社長に集中する。今年で、43歳らしいけど、そんな感じには見えない。まだ、20代半ばだと言われても納得してしまいそうだ。でも、この女社長はかなりのやり手だとライブハウスの管理人さんが教えてくれた。 「皆さんの地上波デビューが決まりました」  え?デビュー?地上波?うそ? 「と、言っても、地方局ですが、レギュラーです」  え?レギュラー?お仕事?  皆の喜びが爆発する。  え?急に?なんで?  社長が説明してくれた。夕方の情報番組のコーナーアシスタントを私たちが順番に行う。メンバーの数が丁度5人なので、曜日を担当する。そのうえで、土曜日の夕方の、週のまとめの情報番組で、私たちのパフォーマンスが流れる。  すごい。すごい。  5人・・・。全員、両親が居ない。ちょっとだけ変わったグループだ。境遇が似ているが同じではない。目指す場所も成りたい事も違う。だから協力できる。私たちは足がかりを掴んだ。  ”アイドル”が、私の武器になった。それも、情報番組だ。嬉しい。  本当に、クロウを拾ってから、連続でいい事が発生する。怖いくらいだ。  スマホにメールが着信する。  社長とメンバーに断わりを入れて、メールを確認する。 「うそ・・・」 「クロ。どうしたの?」 「黒崎さん?」  涙が出そう。  こんな・・・。偶然だよね? 「クロ?」 「レッド。ゴメン。あのね。保育士の試験・・・。受かった」 「え?クロ!本当?」 「うん!」  私が顔を上げて、社長を見ると、社長は笑顔で私の所まで来て抱きしめてくれた。嬉しくて、涙が出そうになる。 「クロ。辞めちゃうの?」 「辞めないよ。レッドもブルーも、武器を持っているよね?」  二人は、しっかりと、手に職をつけている。私も同じだ。バイト先にも連絡を入れよう。あと、弁護士さんにも・・・。  忙しいけど、嬉しい。  パパとママは喜んでくれるかな?  クロウを拾ってから・・・。  ”|餡子《あんこ》猫”。クロウは、落ち込んでいた。死にたくなっていた私を生かしてくれた。そして・・・。幸運を運んでくれた。  癒しと幸運を運ぶ。クロウ。  ”二足の草鞋”から、二つの武器を持つ”二刀流アイドル”になれたのは、クロウのおかげだ!

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